記事のアーカイブ
2012年05月08日 02:23
神戸で300名様を超えるお客様を乗せ、大型客船(23,235t)ふじ丸で一路小笠原へむけボンボヤージ。
4/27-5/7の船旅は今迄になく、瀬戸内の海を航海している様で大きな揺れが無く船酔いとも無縁で
素晴らしい旅でした。私てきには、もう少し揺れてくれた方が寝心地が良かったのですが・・・
満室であったため小笠原クルーズは乗組員食堂。此処のお料理が又絶品!
スィートルームにはお金を払えさえすれば何時でも乗れますが、ここの食堂だけは一般客入室禁止区域。
セルフサービス:ビュッフェスタイル。 時間も短くて営業時間を気にしなくて済むありがたい食事です。
小笠原では思いがけずまだ鯨の親子3頭がいて、イル
2012年03月09日 02:22
昨日、大腸がんを患った知人に会いました。
がん細胞が大腸を破り激しい痛みで入院。そのときプチンと破れる感触があったとの事。
勿論Drはありえない!と言われたそうですが・・・私が皮下気腫になった時も「アッ破れた!」と言う感覚でした。
膿一色の痰がありました。
以後、左背中の患部を父に押さえて貰いやっと咳が出来る状況。
喘息の重積発作真っ最中で排痰をしなくてはならず、辛い時間でした。
皮下気腫は交通事故の時に起こる事が多いようです。
皮下に空気が入るので、押すとパチパチ・プチプチ音がします。
呼吸をするたびに身体中に貯まって風船のようになった後、自然に消滅してその空気が抜けていきまし
2012年03月04日 02:21
NO5...
2009年02月24日 02:20
左の卵巣脳腫を2回経験しました。
2回とも足つぼの反射区が異常に痛くて診察に行きました。
勿論Drはそんな事を言っても信じませんし、逆に相手にしてもらえませんので私は前述
の如く自分がして頂きたい検査に進むべき訴えを致します。内診とエコー
卵巣の腫れが2回とも認められました。
特に辛い症状は足以外にはありませんでした。
足と言うものは長い間関わっている中、本人の身体的自覚症状以前に症状が反映されることを
多く体験していましたので確認の為の受診でもありました。
結果は当然初期の腫れで様子観察・・・そこからは足つぼの出番です。
日々人には施術していましたが、せっせと自分の足を揉み循環
2009年02月22日 02:19
足つぼが何千年もの間、途絶えることなく伝承されてきた事でその効果は伺い知れます。
自分で揉み解す事よりやはり、揉んでもらった方がはるかに気持ちは良く効果的です!
自分での施術は足を折らなくてはならないので、伝達力が弱いのかも知れません。
同業の足つぼ師の方で、ご主人の腎結石を砕いた方がいます!
驚きですが、4つに砕けた証拠レントゲンで確認できたそうです。
身体の病気は足に反映されますが、その時の反射区の痛さは通常ではありません。
イスなら座っていられない、のけぞり両手が突っ張り大きな力が入ります。
自分では加減してしまうので、治療となると人の手のほうが効果は有るカナと・・・
私自
2009年02月19日 02:18
H7の夏、私はアナフィラキシーで心停止に陥りました。
アレルギーショックの最大級の症状です。
ここでは、蜂とか食物ではない薬のアレルギーについての体験です。
薬は抗生剤の点滴。
闘病生活も15年目になり、身を護る色々な対処の仕方を身につけていました。
しかし、その時の事を話せるようになるには多くの時間を要しました。
一種のPTSDかも知れません。
その日私は尿管結石の手術待ちで、痛み止めや抗生剤の入院治療を受けていました。
前日の点滴で全身薬疹を出していた私に婦長は「今日は薬を変えましたからネ!」と・・・
点滴薬が身体に入るや否や私は???!!!
すぐナースコール!婦長さんが飛び込んできました
2009年02月09日 02:15
トコトコ・トコトコ・・・ウォーキングとは言えないお散歩
私の体力なりの歩・歩・歩
私のハートは、の~んびり
散歩の途中・・・
PATATA(パタータ江古田店)というお惣菜やさんの「まあるいおはぎ」
出逢った途端 可愛い!!と思いました
少~しウツ気味の心に、そよ風が吹き抜けた感じでホッとしました
肩の力がスーッと抜けた感じでした
久しぶりの、本当に素直な感情でした!
つぶやきコーナーを再開したいと思ってはいても、書き出すきっかけが見つからず
いたずらに時を過ごしていました
「まあるいおはぎ」に出逢え・・・それだけを伝えれば良いんだ!と書き始めます
今日まで、見守り・励まし続けてくれた 皆さん
2009年02月08日 02:16
私は発病当初、殆どの日を入院・自宅にいても寝たきりの生活を送っていました。
そんな有る日、私の住む町に足つぼ治療院が出来まし。
足つぼチャートを製作もした高田氏が運営する店でした。
それ以前に塩原温泉郷で足つぼの治療を受けた事があり、その効果の確かさは
経験済みでしたから、はまりました。
寝たきりの生活から徐々に解放され、病人でありながらも人並み以上の生活が
送れる幸いに恵まれ、途中から患者から診る方へと変わりました。
闘病生活30年。足つぼ生活も振り返れば20年を経過。
今のように足つぼが流行ではない頃からの足へのアプローチは、振り返ると大きな
大きな財産になってくれていました
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