H7の夏、私はアナフィラキシーで心停止に陥りました。
アレルギーショックの最大級の症状です。
ここでは、蜂とか食物ではない薬のアレルギーについての体験です。
薬は抗生剤の点滴。
闘病生活も15年目になり、身を護る色々な対処の仕方を身につけていました。
しかし、その時の事を話せるようになるには多くの時間を要しました。
一種のPTSDかも知れません。
その日私は尿管結石の手術待ちで、痛み止めや抗生剤の入院治療を受けていました。
前日の点滴で全身薬疹を出していた私に婦長は「今日は薬を変えましたからネ!」と・・・
点滴薬が身体に入るや否や私は???!!!
すぐナースコール!婦長さんが飛び込んできました「どうしたの?」
点滴をして数分も経過していませんが私は上手に話す事もままなりませんでした。
回らないろれつで「体が動かない!足先から固まってきている感じ!」とだけ症状を伝えられました。
長いお付き合いの婦長さんは事態を察知!
もしもの時の為に点滴を一番遅くして階下のDrの下へ・・・
「点滴を止めて!」と叫びたかったのですが・・・押し問答する時間を避けたかったので
あえてそれを言わず、婦長さんが部屋を出た途端自分で点滴を止め・・・
そこで意識が幕を下ろされたようにバタンと途切れたのでした。
いま、思い出しつつ記していても手が震えてきます。
その後も点滴には異常に恐怖を感じますし、細心の注意を払っています。
このテーマを選んだのは闘病には“主治医は自分”と言う大事な一面が有る事
直感・機転・知識・・・などが命を救う事があるという事をアレルギーを持つ人に伝えられ
たらと思ったからです。
事実Drが3階の私の元に来るまでの数分の間でも薬が入り続けていたなら・・・
今の私の命はなかったと思います。
又、大きな病院でDr到着に時間がかかっていたら・・・幸いすぐの手当で助かりました。。
心臓が動き始め意識が戻った時、私はDrに向かって「先生、胸が痛い!」と・・・
先生は「肋骨の2・3本折れているかも知れんな!」と笑っていました。
隣には大学病院から派遣された若いDrが目を丸くして立ち尽くしていました。
どれほど心臓マッサージをして戴いてくれていたのか・・・感謝あるのみでした。
長年付添いをしている方が、救命室に運ばれる私の足をみて「真っ黒だった!」
「駄目だろう!」と言われたのを聴き、薬が毒に変じた時の恐ろしさを感じました。
護られた大きな力に感謝あるのみです。